婁宿…元気ですか?
あなたがくれた花の種…あの花が、今日とてもきれいに咲きました…


君に贈る言葉


「ほう…きれいな花が咲いたじゃないか。鈴乃」
「…お父さん」
初夏の心地よい風が吹く、そんなある日。大杉家の家の前に、一輪の花が咲いた。
鮮やかな、それでいてどこか優しい…そんな紫色の花。
「『四神天地書』の世界…この世界とはまるで違う世界と思っていたが、どうやら咲く花は一緒のようだね。何てきれいな桔梗(キキョウ)の花だろう…」
父・大杉高雄が優しい笑顔で娘・鈴乃に言う。
「ええ…そうね。二つの世界…違う世界でも、咲く花は同じ…」

鈴乃は思いをはせる。
そう。それは彼女にとってはほんの数ヶ月前。
四神天地書の世界…「西廊国」で、彼と過ごしたその日々に。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「鈴乃。やっぱりここにいたんだね」
西廊国の中心部に位置する『白虎廟』、そこからさほど離れないところにある、小高い丘。
所によっては砂漠も広がるこの国の中で、色とりどりの花が咲くこの丘には、命の息吹を強く感じる。

花や生き物を愛する、心優しい鈴乃。
そんな彼女が心を安らげることのできる…この丘はそういう場所だった。
見知らぬ世界に突然迷い込んだ彼女にとって、ずっとずっとオアシスだったところ。
その丘にぼんやりと佇む鈴乃に、一人の青年が声をかけた。長い黒髪を束ねた美しい青年。
その穏やかな呼び声に、鈴乃は振り向いた。彼女の顔は、なぜか涙で濡れていて。

「探していたんだよ。白虎召喚の儀式の後、君が突然いなくなったから…奎宿も昴宿も心配してる。さあ、帰ろう」
優しい笑顔で話しかける彼をしばらく見つめた後、鈴乃は言った。
「どうして…どうして?」
鈴乃の目から、新たな涙が零れ落ちる。
「婁宿、あなたはどうして…そんなに平気でいられるの!?私…っ、私は信じていたのに!白虎は私達の願いを叶えてくれるって。それなのに…!」
婁宿を睨むように見つめて、鈴乃は言葉を吐き出した。
涙で目が霞む中、彼の後方に見えるのは白虎廟。数刻前に…白虎の巫女である彼女が、白虎召喚の儀式を行った場所。

ずっとずっと、信じていた。
願いを叶えてくれる神獣・白虎。その力をもってすれば、愛する婁宿と一緒にいられると…それなのに。

『その願いは、叶えることはできない』
『巫女は神獣を召喚したら、元の世界に帰るのが天の掟』

信じていた。でも叶わない。もうじき私は元の世界に帰らなくてはいけない。
私と彼は、離れなければいけない。

「鈴乃。君はやっぱりここに来たんだね。この丘に」
婁宿の言葉は、鈴乃の投げかけた質問に答えていなかった。しかし、構わずに続けられる。
「初めて会った頃…僕が君に見せたくて連れてきた、この丘に。あれ以来、君はうれしいときも悲しいときも、いつもここに来ていた…」
見知らぬ世界に突然迷い込んで、不安でいっぱいだった彼女に、この丘の景色を見せた者。
自分の一番好きな、花の、生き物の、命の息吹を感じるこの景色を彼女に教えた者。
それは他でもない、今ここにいる婁宿なのだ。
「よく二人でも来たよね、この丘に。この丘の花々を後ろにして笑う君の笑顔が…僕は、一番好きだった」
「………」

この丘を、この景色を、彼女に見せたい。彼女の笑顔が見たい。
そう婁宿が思ったのは、鈴乃を愛し始めていたから。
この丘が、この景色が、素晴らしくて心が安らぐ。
そう鈴乃が思ったのは、その隣にいる婁宿を愛し始めていたから。

「鈴乃、僕は平気なんかじゃない。君とこの世界で、ずっと一緒にいたい。でもそれが、天の掟で叶わないのなら…せめて、心だけでも一緒にいたい。いや…心は離れないはずだ。君と僕ならば」

そう言うと、婁宿は鈴乃の目の前まで近づいてきた。
鈴乃は何も言えないまま…涙で濡れたその目で、じっと彼を見つめるだけ。
そうするうちに、婁宿が目を閉じ、何か呪文のような言葉を呟いた。
すると彼の目の前に、一輪の花が現れた。紫色の…美しい花だった。
しばらくするとその花が、小さな小さな…種子(たね)に変わり、婁宿の掌(てのひら)にぽとりと落ちた。

「婁宿?一体…?」
呆然と見つめる鈴乃に、婁宿はその穏やかな笑顔で、言った。
「これを受け取ってほしいんだ。この種…いや、この花が、僕の精一杯の気持ちだよ」
ゆっくりと、その手の中の種子を彼女に差し出して。
「…結婚してほしい、鈴乃。例え離れ離れになっても、いつまでも僕と共にあってほしい。いつまでも…君を愛し続けることを、認めてほしい」
「…っ…、婁宿…」
言葉が出ない。涙を、止めることができない。

そう。思えば初めて婁宿とこの丘に来た時も…彼は自分にこう言った。

『鈴乃。僕が君をずっと護るから』
『僕は、鈴乃が好きなんだ』

こんなにも切なくて、胸が一杯で、どう表したらいいのかわからない想い。
あなたと出会って、その言葉を聞いて…初めて知った。

「婁…宿…」
だから…答えは、一つ。
「私も、認めて下さい。あなたと共にあることを…」

どうか、認めて下さい。白虎星君…
私が彼と共にあることを。私が彼を愛し続けることを。
例え身体が離れても、心は一つであることを…

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自分の世界に帰ってきた鈴乃は、婁宿から貰った種子を庭にまいた。それが、ちょうど春の頃。
その花が、今日咲いた。婁宿がその手に咲かせたのと全く同じ。
鮮やかな、それでいてどこか優しい…そんな紫色の花が。
「この花、桔梗の花だったのね。本当に…この日本にある桔梗の花と一緒ね…」

身体が離れようと、心は一つ。
本の世界と現実の世界。二つの世界に咲く花が、同じように。

「そう言えば、鈴乃」
ここで大杉が思い出したように言った。
「僕の書斎に花や植物についての本が何冊かあったはずだよ。興味があったら読んでみたらどうだ?この花…桔梗についても書いている物があると思うよ」


婁宿…私は今日、お父さんの書斎で一冊の本を見つけました。
その本には、こう書いてありました…

ねえ婁宿、だからなのね?あなたがこの花をくれたのは。
あなたは私に、この言葉を贈ってくれたのね…


『桔梗の花は多年草で、初夏の頃に花を咲かせる。日本の他、中国などでも見られる』
『その花言葉は…“変わらぬ愛”…』



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かなり昔に本館サイトに載せた小説をリメイクしました。初めての白虎小説で、初めての婁鈴物です。
朱青編で婁宿が「白虎はその願いだけは叶えられないと言った」と話していたということは、この二人も美朱&鬼宿のように、儀式まで事実を知らなかったのでしょうか。それとも知った上で願っていたのか…。
ふし遊白虎編が実現するなら、その辺りの流れも気になる所です。


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