「恋」と「愛」は、似て非なるもの。
でもきっと…奥底にあるものは、同じ。


Love or Affection


もうすぐ日暮れ、今宵の宿を探さなければいけない時分。
白虎七星士を探す旅を続ける四人…白虎の巫女・鈴乃と、婁宿・奎宿・昴宿の三星士は、西廊国郊外のとある小さな村に入った。

「宿を探す、って言ってもねぇ。あんまりに小さすぎないかい?この村」
昴宿が呟く通り、ぱっと見渡した限り宿らしい宿など見当たらない。
「だけど、この村から次の町までは随分あるよ。下手をすると野宿になってしまう」
「げ。それ勘弁…昨日も一昨日も野宿だったじゃねーか。今夜くらいマトモな寝床で寝てえよ」
地図を広げて確認する婁宿の隣、奎宿が言葉通りうんざりした顔でため息。だが彼の言葉は全員の意見だ。
「そうね…とりあえずこの村で探してみましょう。一軒くらいはあるかもしれないし…」
最後に鈴乃がそう決断を下した、その時だった。
「…ん?あんた達旅人?」
ふいに横から聞こえた声は、はきはきとした女性の声だった。
四人がそちらを振り向くと、そこにはまだ二十代後半程の美しい女性が立っていた。
「残念だけど、この辺に宿なんかないよ。大きな町までかなり離れてるしね。何ならうち来るかい?狭いとはいえ、野宿よりはいいと思うけど?」
「え…?い、いいんですか?」
「ありがとうございます。お言葉に甘えてもいいのでしたら…」
にっこり笑ってこう申し出る大人の女性に、婁宿と鈴乃は恐縮しながらも礼を言った。
そんな中、奎宿は。
「……いける」
「何がよ?」
「『僕とあなたが違っても、年の差なんてカンケーないぜ』ってこと」
ぱこん。
想定範囲内とはいえ、あまりに良いタイミングで降ってきたのは昴宿の拳。
突然うずくまった旅人の一人を、女性は不思議そうな顔で眺めていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「おいおいドウル。お前また随分大勢引き連れてきたじゃねぇか」
女性が鈴乃達四人を案内した家には、先客が…いや、他に住人がいた。女性と同じ年の頃と思われる男性だった。
「悪い?ハント。いいじゃない。あんたと二人でいても、どうせケンカになるだけよ」
「うるせえなあ。いーから早くメシ!ハラ減ったんだからよ!」
考えてみれば、女性の年の頃といい美貌といい、こんな状況もおかしくはなかったはず。
ぱかっと口を開けたまま呆然とする奎宿を見て、昴宿がくくっと笑った。
「あらあらぁ。ざーんねんだったね奎宿クン。人妻だったねぇ」
隣でニマニマする昴宿の視線が痛い。奎宿はうっと顔をしかめた。
「くそう…人妻じゃなきゃいけた…例え年上のお姉さんでも」
こう見えて、奎宿にだってルールブックはある。人妻はナンパ対象外、ルール違反だ。
「ま、いっか。野郎ばっかかと思ったら…」
ところが次の瞬間、この家の主で女性の夫・ハントは、ニンマリ笑って近づいてきた。
「こーんな若くて可愛い女の子が、二人もいるんだからな〜」
そして両手を伸ばすと、右手は鈴乃、左では昴宿と固い握手。
「は、はあ…」
「…どーも…」
まるで『どこかの誰かさん』のような態度に、鈴乃も昴宿も笑顔を引きつらせる。
すると間髪いれず、ドウルと呼ばれたあの女性の怒号が聞こえた。
「こらハント!あんた節操なく他所(よそ)の娘さんに手ぇ出すんじゃない!いい年してっ!」
「うるせえなあっ!いいじゃねぇか若くて!お前とは肌のツヤが全然違うんだよっ!」
奎宿は…そんなハントを見て、わなわなと体を震わせた。

何っ…何だぁコイツっ!
家庭持ちのクセして、自分のカミさん目の前にしていい度胸してんじゃねえかあっ!
お前にはナンパのルールっちゅーか社会の道徳っちゅーか、そーゆーモンがねーのかよっ!

「…奎宿。お前もしかして、少し勘違いな所で怒ってないか…?」
そんな奎宿の心を見透かしたように、婁宿が呟いた。
…もちろんこの彼も、大切な巫女で愛しき恋人に手を触れられ、多少なりとも顔を強張らせてはいたが。


夕食の最中も、ハントのナンパ振りは奎宿の目に余った。
しかもどうやらハントの好みは、しとやかな鈴乃より垢抜けた昴宿のようで…いやきっと、彼女のその『体型』もお気に召しているようだが。
何かにつけ昴宿に話しかけながら、終いには肩にさりげなく手を回す始末。
さすがに世話になっている家の主人だけに手を出せない昴宿に代わり、ドウルの平手がその都度飛んでいた。
「…………」
そんな光景が、なぜか奎宿には理屈なく腹立たしかった。
だから結局夕食の間も、そしてその後も、彼は昴宿とは話そうとしなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「…あ、奎宿。ねえ、昴宿知らない?」
「へ?」
その夜のこと。誰もいない居間でぼんやりしていた奎宿に、鈴乃が声をかけてきた。
「オレが知るわけねえだろ。てか部屋にいないのかよ?」
「うん。もう寝ようと思っているんだけど…なかなか昴宿帰ってこないから。もし会ったら先に部屋に戻ってるって伝えてくれる?」

別に探すつもりもなかったが、特に自分は眠くもない。
それに『鈴乃が』彼女を探している。
だから奎宿はハントの家を出て、しばらく村を歩いた。
しばらく外を歩いて…すると目の前に小さな川が見えて…

「ん?」
目を凝らして見てみると、その川辺に二つの人影。背格好から言って男女だ。
うち一人は…見間違えるわけない、仲間であるあの生意気な女。そして隣に座るのは。
「…ちょっ、待てって…どういうことだよ……!」
やっと暗闇に目が慣れて、はっきりわかった。
隣で彼女に笑いながら話しかけているのは、ハントだ。
しかも隣の彼女も、まんざらではない笑顔を見せているではないか。
「…っ…!」
思わず両の拳をぎゅっと握り締めた。
込み上げる感情は『ムカつく』なんてものを通り越した、憤り。
奎宿はキッと先を睨むと、二人に近寄ろうと一歩踏み出した。その時。

「どこ行くの?お兄ちゃん」

後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、奎宿の足が止まった。
振り返ると、そこには穏やかに微笑む…ドウルがいた。
「どっ、どこって!ちょっと、あんたあれ見て何とも思わねえの!?あんたの亭主が他所の娘に手ぇ出して…!」
思わず声を荒げる奎宿とは対照的に、ドウルはくすくす笑い続ける。そしてぐいと彼の腕を掴んだ。
「いいから。そっとしといてあげましょ。…お兄ちゃんはこっち」


ドウルに引っ張られるまま、奎宿は再びハントの家に戻ってきた。
彼女は家の前の切り株に腰掛けると、『まあ座りなさいよ』と奎宿に勧め、そしておもむろに口を開いた。
「久々だわあ〜…ハントがあんなに嬉しそうなの」
「はあ!?」
またくくっと笑うドウルを見て、奎宿は思い切り顔を歪める。
「ヘンだと思ってるでしょ。亭主の浮気を黙認してる、薄情な妻だって」
「あったりめーだっ!いいのかよあれほっといて!」
「…ごめんね。お兄ちゃんには不愉快よね。あの子好きなんでしょ」
「っ!」
そのあまりに穏やかな言葉に、奎宿は思わず息を呑んだ。
「でも大丈夫よ。ハントはね、ちょっと若い子と話がしたかっただけ。本気で手を出す馬鹿じゃない。それはあたしが保証する」
そうしてまたドウルは微笑むが、やはり奎宿には理解できない。
どうして…どうして彼女は、こんなにも穏やかな顔で、むしろ嬉しそうに笑うのだ?
「普通…ありえねえよ。嫁さんいるのに、堂々と浮気なんてよ…」
「そうねぇ…私も、お兄ちゃんぐらいの年の頃だったらそう思ってた。というかね、ハントは昔からナンパ男だったからさ。よく殴ってたわよ、あたしという恋人がいながら何考えてんのってね」
そう語るドウルの表情は、依然として穏やかで優しいものだった。
「でもね、ハントと結婚して…あたしも丸くなったのかなぁ?多少のナンパじゃ本気で怒らなくなったわよ。だって、誰にちょっかい出そうと、結局あたしの所に戻ってくるって…わかったし信じてるから」
「…え…」
そんなドウルを見ているうちに、奎宿も何も言えなくなる。
「しょせんね、『恋』と『愛』の違いってこと。恋は相手と四六時中一緒にいないと気が済まない。相手が自分以外に目を向けることが悲しい。でも…そんなことよりも、『失うと身を切られるくらいに辛い』と思えるのが愛なのよ。彼という存在がいるだけで十分だって思えることがね」

恋か、愛か…
四六時中一緒にいること、自分だけを見てくれることよりも、『居てくれること』が大事だというのか。

「さあてと。ハントも楽しい時間を過ごせただろうし…そろそろ昴宿ちゃんも解放してあげないとね。あたしちょっと迎えに行ってくる」
そう言って立ち上がったドウルは、夜空に両腕を突き出し軽く伸びをした。
ハント達がいる小川に向かって数歩歩いた後、くるりと奎宿の方を振り返った。
「…あ。でもねお兄ちゃん、勘違いしないでよ。『恋』と『愛』は違うけど、元は一緒。『相手が大事で、側にいたい』…それは同じよ」

言い残し、背を向けて歩くドウル。
そんな彼女が…女性としてというよりも、『人間として』美しい。
奎宿はぼんやりとそんなことを考えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一夜明け、昨日とほぼ変わらぬ光景で朝の食事を頂いた四人は、笑顔でハントとドウル夫婦に礼と別れを告げた。
「頑張りなよ?お兄ちゃん…!」
別れ際、ドウルは奎宿にそう囁き、片目をつむった。
照れながら頬を掻く奎宿を、昴宿がギロリと睨んでいた。

「…なあ…昴宿」
「何よ?」
村の出口まで差し掛かったところで、奎宿は昴宿に声を掛けた。
なぜだか機嫌が悪いようで、反応もつっけんどん。だけど一つ気になっていたことがある。
「あのよお…昨日…さ、あのエロオヤジと何話してたんだよ?」
すると昴宿は、不機嫌そうなその顔を緩め、代わりに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「さあ?あんたがあの美人妻と話してた内容と、同じじゃないの?」
「っ!?」
どうやらやはり、彼女の方が一枚上手のようだ。


「なあ、ドウル」
「…何?」
「昨日よお…あの目つき悪いガキと何話してたんだよ?」

そして、白虎の四人を見送ったこの夫婦も、同刻こんな会話を交わしていたのだった。

「さあ?あんたが…あのナイスバディな可愛い娘さんと話してた内容と、同じじゃないの?」


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以前この同盟に掲載した小説のリメイク版です。
白虎では奎宿&昴宿カップルがお気に入りですが、きちんとこの二人中心の恋愛物を書いたのはこれが初めてでした。
きっと白虎召喚の後、奎宿&昴宿もこのハント&ドウルのような夫婦関係を築くんだろうなあ…なんて思いつつ書いたお話でした。
それにしても、結婚前には『嫁さんいるのにナンパはルール違反』なんて思ってたんですか?My設定お師匠は……思いっきり嘘八百じゃないか^^;


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